Zo通信

2022-04-23 00:00:00

 新型コロナ以前から企画していた橋本和幸さんの「智の造形」展を『GUEST展』として開催しています。GUEST展では、本館2Fの多目的ギャラリーに池田政治、池田カオルの小作品を展示しつつ、ゲストとしてお呼びした作家の方の作品を同空間に展示していただくという企画展です。空間全体は、材を極めるという「質」で統一し、橋本さんの「智」という作品群とどちらかと言えば我々の「情」の作品群との可能な限りの融合を目指しました。私が橋本さんを紹介する文章の中で用いた「虚と実」という言葉が今回の展示によって鮮明にされ、身近に印象付けられた気がしています。作家があるイメージを「実」として造形化するとき、他の部分を無意識に削ぎ落としていくことになります。橋本さんの作品は、この削ぎ落としている部分を最初から意識し、視覚化していく姿勢で一貫しています。橋本和幸の虚と実、池田カオルのさりげない日常の中の女性像、池田政治の解き放たれた時間、三者がひとつに融合した空間として観ていただければ幸いです。日常では見えにくいものを視覚化する役割が造形にはあります。

 

(S.I)

2021-12-26 00:00:00

  光について考えてみましょう。光と闇。光のあるところには、必ず光のもとがあります。夜の闇では星や月の光が、昼には太陽の光があります。光があたるところには陰があり、明るさと暗さの調子によって「物のかたち」が立体視されます。この陰影の幅が大きいほど、形がデリケートに印象づけられます。夜間には太陽光に代わるものとして、人工光としての「照明」が工夫されてきました。太陽光もそれぞれの季節や天候の違い、時間によって常に変化していますが、人の視覚は、この明るさの変化の中で物を見ることに慣れています。建築においては、古くから太陽の光を使って様々な透過光や反射光として上手に「濾過させて使う」という工夫がなされてきました。造形においても物が置かれる適切な「光環境」がとても重要になります。物の見え方は、光の状況によって大きく変化してきます。配慮された光のもとで質感や色の深み、肌合いなどを充分に鑑賞することができます。人工照明も明るさの道具としてだけではなく、人の目にも物の鑑賞にも柔らかく優しい環境づくりのためのものであるということを改めて感じています。

 

(S.I)

2021-10-24 00:00:00

 空間の不思議。上下左右限りなく広がっていく世界。空間という言葉からは、宇宙の無限性を感じます。地球上に限定して考えると人が立っている面と、見上げて面、ぐるりと見渡す周囲の広がりというとらえ方が自然です。その空間の中に1つのものを置いてみると、様々な印象が生まれてきます。人の目線や立っている位置によってもその印象は様々に変化します。配置されるものの数が2つ3つと増えてくるとそれぞれの関係性が生まれてきます。ものの向きやの光の状態によっても印象は違ってきます。空間の中では、人は、その「場」に参加し、ものと直に接することになり関係性の一部になります。空間の不思議さは、それまでの現実が、地上の重力や物質感から離れて、いつの間にか現実とは隔絶された象徴性へと転換していくことにあります。それまで、ものの1つ1つが単独では発してこなかった個性が、象徴的空間では、お互いに新たな個性を持った存在に生まれ変わります。造形表現における空間では、空間そのものの大小の概念をも超えて、独自の表現媒体として様々な心的宇宙を創り出すことができます。

 

(S.I)

2021-08-21 00:00:00

  「質」について考えてみましょう。画像や音については、目にし、耳にして明快で心地よく、画質、音質とし受け止められています。形あるものは、広く品質という言葉が使われていますが、造形では、素材(材質)の扱い方から始まって、材質感や光の印象、置かれている空間の状態まで、その良し悪しを総合的にとらえなければなりません。

美の判断に一定の「よりどころ」があるように、質についても同じことがいえます。作者は制作の過程で質を追求し、満足度に至ったときに作品から手を離します。素材が持ち合わせている粗密感は、荒々しさや繊細さとして表現の可能性を秘めています。作品は、作者の手を離れたときから自立し、「時」の洗礼を受けることになります。時の流れとともに変化していきますが、深みとして存在感を増していくこともあります。制作すること、鑑賞すること、保存していくことは、それぞれが別の役割を担いながら作品と係わっています。「質」を共有しながらつながっているといえます。

 

(S.I)

2020-12-28 00:00:00

 自作『循環』という作品についてお話しします。1986年にチェルノブイリに原発事故が発生しました。事故からおよそ10年後に桂の木を素材とした楕球状の立体として完成したのがこの作品です。表面に複数の線が現れては消え、全体としてはつながっている。ひとつの国や特定する地域に留まらず時間をこえて出来事は連鎖していく。おりしも現地で被爆した子供たちの心をいやす目的で作品の公募が企画され、野外展示に耐えるようにブロンズ用に原型を作り直して応募しました。1997年に『INFINITY』という題名でベラルーシのミンスク市にあるサナトリウム施設の庭に永久展示となりました。日常の生活の中には目に見えないものが沢山あります。無関係に思われているものがどこかでつながっている、そんな思いの作品です。同じ原型から鋳造したものが群馬県立土屋文明記念文学館の2階に展示されています。東日本大震災とそれに伴う原発事故では、この2つの作品の制作時の気持ちが蘇ってきました。新型コロナの感染拡大の懸念も重なり、地球全体がひとつであることを実感しています。

 

(S.I)

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